Archive for 6月, 2005

IT屋の俺がパーマカルチャーなワケ

6月 29th, 2005 Posted in パーマカルチャー, 学習・情報 | no comment »

結局いろんなところを旅して、いろんな人や生活や自然や偶然にインスパイアされて、新しい場所を求めるのは、みんなと同じ経路をたどっていると思うけど、結構IT屋で毎日パソコンでインターネットしている俺がなぜパーマカルチャーなのかを時々聞かれる。

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自分が自由になるために自然を自由にする

6月 28th, 2005 Posted in カルチャークリエイティブ, マーケティングセキュリティ | one comment »

自然を拘束すると、自分も拘束される
パーマカルチャーを習っていると、その自然の営みとどのように共存するかという視点がなんとも素晴らしい。と書いてみると、なんだかエコ推奨者の勝手な持論展開と思われそうだが、あまり詳しく書く気力もないし、とにかくそう感じているとだけ伝わればいい。
つまり、自然が自然であることが、自分達の労力を減らしてくれることになる。
または、自然の労力と自分の労力との共同作業にするといった考え方。
例えば畑は、雑草の世話や水の世話、成長の世話と、人は大変な労力をそこに使うわけだけど、本来植物も勝手に成長して子孫繁栄に努める生き物なので、世話をせずとも勝手に成長するわけである。その成長できる環境を整えてあげるだけで、人は厄介な労働のほとんどから解放されるわけだ。
そう、野菜は虫に食われるし、収穫率も高くない。
でも農業が収入源でない限り、それは問題にならず、収穫したものを食べればいいだけのこと。しかし、虫に食われた野菜は勝手に肥料になって来年の種をそこに撒く。そんな営みの循環の中に生活することが、楽チンなわけである。
自然の解放をコントロールするテクニック
太陽とか風、雨や小川等の水の流れ、そして動物や昆虫の営み。
それが全てエネルギーである。少し工夫すれば、電気・ガスと同じような、エネルギーに化ける。
自然を解放するテクニックとは、先人から伝承されてきている知恵を学び、自然界に依存するということかもしれない。
住環境を限りなく、自分主体にコントロールしようと、電化製品等でボックスに収まっているような生活でなくても、暑いときには涼しくなる、寒いときには暖かくなるといった自然の作用も工夫をすれば活用できる。
自然は、そうやって様々な効能を我々に与えてくれる。
全ては商売のため
その便利で快適な自然との共存が失われつつある原因は全てビジネス主体にある。そう、工業製品の最大のライバルは自然だった。巧妙なマーケティング・宣伝活動において、無言の自然に大差で勝ってきた。
自然が便利で楽チンということがみんなに知れ渡ると、その会社の製品が売れなくなるわけである。じゃあ、どうするのか。考えなくてもわかるだろう。
しかし、自然が無言のままだまっちゃいない。
テレビやインターネットを通じた宣伝活動をしないでも、我々とつながっている最大のネットワークがあった。そう我々自身も自然体であったという事実である。
感じてしまう。
インスピレーションかもしれないし、シンクロニシティかもしれない。
地味な宣伝活動である。
みずから
自ら(みずから)。この「自」という感じはどういう意味なんだろう。
自分、自由、自然、どれにもついている。
これらはきっと同じような状態を意味しているんだろう。
個々が全体となって自となる。そんな感じ。

ロハスに移行という自由

6月 20th, 2005 Posted in カルチャークリエイティブ, マーケティングセキュリティ | 2 comments »

パラダイムシフト
自由という言葉の意味が、より輝くシチュエーションがロハスだ。
自由が「解放」や「自分勝手」「しがらみが無い」といったネガティブな発想からもう少し賢くなり、「気付き」や「思い出す」といった要素がある。
気付き
「気付き(Awareness)」とは目覚めるとか、発見といった意味を含み、自分の固定概念や、自分の殻、自分の枠組みといった、自分自身が勝手に妄想していた限界を突き破るという体験そのものだ。
人はあらゆる場所に営み、様々な知恵をもって、多くの価値観をもっている。自分が勝手に作っていた殻に気付いて、発見して、その外側を見ようと思うこと、意識することに目覚めれば、それ自体が自由でハッピーだ。
そう、「こうしなければならない!」と思っていたことは、「そうではなかった!」のだ。
少なくとも「そうではない」という価値観がこの世に存在している。
それを受け入れるのか受け入れないのか、どちらを選択するのも自由だ。ただ大切なのは、「選択枝が存在した!」ことに気付くこと。
思い出す
人は生きているうちに、様々なヒントを得ている。それは生まれてきたときから始まっている。子供の頃の記憶や行動、欲求には、無垢なアンテナが受信した「生きるヒント」が詰まっている。
安定した生活や、社会的あたりまえの生活、無難な人生。それを選択するのもいい。でもそれが物足りないのであれば、「思い出す」ことから始めよう。そう「そうしたかったんだよ!実は・・・」そんな記憶がたくさん詰まっているはず。
そして、もうひとつの大切な「思い出す」は、自分が人であるということ。
社会生活では、経済的にも心身的にも様々な不安を背負って生きている。しかし、そのような不安は人としてもともとあったものだろうか!?
もしそれは違うと感じたのであれば、その不安は幻想かもしれない。もっと自然体に生態系の一部としてのヒトとして、あたりまえに生きていける。そんなストレスフリーな生活を思い出せないか!
DNA–そう、そこに刻まれているのは、ヒトとしての自然な記憶と知恵。最近取得した知識ではなく、ヒトにももともと太古からの知恵が刻み込まれている。それを思い出す手段がこの世にはある。そしてそれを思い出させてくれる人が大勢いる。
なぜ、思い出せなかったのかは、それを意識していなかっただけのこと。
今からそのアンテナを張ってみよう。そうすると「思い出す」きっかけは続々を目の前を通過する。そしてそれはなんとも楽チンで、ハッピーで豊かなものだろうか。
頭だけで考えずに、DNAの知恵をもって、感性で選択する。
そこに新しい意味での自由がある。素晴らしい!
つづく・・・

イヌが教えるお金持ちになるための知恵

6月 20th, 2005 Posted in お金・時間 | 9 comments »

< ?php if ($mobile == 0) {?>< ?php } else { ?>表紙画像
< ?php } ?>ボード シェーファー (著), Bodo Sch¨afer (原著), 瀬野 文教 (翻訳)
非常にメンタルなお金の知恵読本です。
株や投資といったお金の知識も大切なことですが、その前に自分のセルフクエストをしっかりやっておくことが、お金と付き合う上で最も大切であると説いています。
これは目次を読めばなるほどと思われると思うので、後に記載しておきます。
■自分の理想を明確にすることがお金との付き合いにも必要
自分のしたいことや欲しいものといった理想をきっちりと明確にしておく、それに加えてお金の取り扱いについて勉強する。
お金の取り扱いとは、貯蓄や借金、そして銀行との付き合いと、ごく日常的なことですが、やはりもっとお金にも感情的なお付き合いも必要なようです。

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田舎コミュニティ

6月 18th, 2005 Posted in パーマカルチャー, 学習・情報 | no comment »

田舎のコミュニティについてのセミナーを受けた。
これまでの因習的なコミュニティから、もっと現代的にサスティナビリティのあるコミュニティを生み出すにはという観点で、様々な事例を含めて話しを聞く。
お話されたのが、パーマカルチャーセンター理事で、日本大学の教授な方。

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ロハスに移行という考え方:1

6月 15th, 2005 Posted in カルチャークリエイティブ, マーケティングセキュリティ | no comment »

マインドリゾートのテーマは、超俗社会で生きてきた人が、超ピュアで素直な自然人に回帰するということである。
どちらがいいということではなく、それを志した人、志したい人が多くなってきているという現実において、様々なしがらみや恐怖、安心に後ろ髪を引かれつづけないようにすればどうすればいいのか!?ということをまじめに考えたいわけである。
一見アウトロー的な解釈であるかもしれないが、それは俗社会から見たアウトローであり、人として見た場合それがピュアで自然ではないだろうかと思う。

一番簡単に気付ける方法はやはり旅だと思う。旅行ではなく旅。
自分で決めた自分だけの旅において、自分の社会と違った社会で生きる人に接することが、自分の社会のいいところと悪いところを、浮き彫りにさせてくれる。
それをどのように解釈するのかは人それぞれだけど、共通するところは、変化というものが存在し、それを受け入れるのか入れないのかの選択をしなければならないということかもしれない。
これはつまるところ自己探求である。
そうロハスに移行するには、まず自己探求において、素直な自分を発見することが、自分に変化を受け入れさす安心と自信を与えて、モチベーションをアップさせることができるからだ。気付きという意味においては、旅と共通する部分でもある。自分探しの旅と言うこともあるけど。
自己探求というのは、自分の価値を明確に自分で把握するという行為に帰結する。自己嫌悪ややりたいことがわからない、さらにはニートや無気力な状態、そして身体的ハンディ。反対に高キャリア、何かの達人、独立心旺盛な人と様々な人に同じレベルの価値というものがある。
それを発揮するということは、自己探求後に、新しい「生活の方法」と「働きかた(稼ぎかた)の方法」を選択することに繋がる。
自由
これらの選択の自由が自分にはある。少なくとも今の日本の社会において幸福なことはこの選択の自由が確かに存在しているという事実である。
その選択の自由を経て、「精神的自由」を獲得し、実際の行動によって「時間的自由」と「経済的自由」を手に入れることができる。
この自由のサーフィンこそ、「ロハスに移行」そのものの過程である。
フリースタイル
自分にとってのフリースタイルを生み出すことは簡単でもあるし、困難でもある。しかし結局それを簡単にするのも困難にするのも、その原因は自分にしかない。
捨てたり、変化させたりするには、犠牲があったり、恐怖があったり、根性が必要であったりするわけで、でもそれらは結局お化け屋敷と一緒だ。
少し経過すれば、出口に出る。
お化け屋敷と違うところは、出口に出たときに、また同じ現実世界に出るのではなく、違った世界に放り出されるということである。それが楽しいのか楽しくないのかも個人の問題であるけど、結局そのような冒険がエンターテイメントであり、フリースタイルの楽しさであり、そして目的でもある。
つづく・・

さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学

6月 13th, 2005 Posted in お金・時間 | 11 comments »

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< ?php } ?>山田 真哉 (著)
会計士の方が、会計とはなんぞやを一般の人にわかるようにしてくれている本です。会計といっても企業のそれではなく、もっと家計とかお金にまつわる発想とかに気づかせてくれるような本です。
一部難しいところもあるのですが、本の題名にあるとおり、さおだけ屋はなぜ潰れないのか?という疑問を経営・お金の流れという観点から解き明かしていくと、つまりは、様々なやりくりの実態がわかってくるので、みなさんもこれを参考に日々の生活をやりくりしましょう的な趣旨も感じられた。

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マインドリゾートなワケ

6月 12th, 2005 Posted in カルチャークリエイティブ, ココロの思考記録 | no comment »

マインドリゾートを運営している理由は正直そこで商売をしようと思っているからである。
自分のベースとなるお店であるわけだけど、そのお店の商品を作るまでに、いろいろ調べたり、学習したり、発見したりしたものをアーカイブすることにした。まだ1年たらずだけど、随分と溜まってきている。それが有意義かそうでないかはまだまだ中途半端だけれども、不安は無い。
それを公開するということは、一種の表現であり、自分の得たものを共有・交換できるかもしれないというワクワク感がある。自分達が目指しているところは、豊かなパラダイスであり、バカにされようと移行したもの勝ちでガチに楽しめればいい。
マインドリゾートは、実際のリゾートのような開放感とパワフルさ、快適さ、豊かさ、そして暑い太陽が全てのエネルギーとなってる様を自分達の中に作りだそうという雰囲気。そのための手段と知恵を集めて、実際に人々にナビゲーションできるまでに育てたい。
ストレスの重圧に苦しんでいたり、うつっぽく過ごしていたり、嫌なことが多かったり、自己嫌悪に悩まされていたりとネガティブっぽい人から、もっとよりよいライフスタイルを手に入れたい、もっと自分のしたいことをしていきたい、独立とか起業とか経済的自由を手に入れたいといったポジティブっぽい人まで、現状に満足していないモチベーションが同じであれば、そこはあなたのステージではないわけで、じゃあどこに移行すればいいのかという選択枝は、マインドリゾートにもたくさんある。
自分探しな過程を経て、方向性を見つける。そしてキーワードを辿って仲間や場所やきっかけを探す。そこから実際に行動してみて、楽しいめているかどうか感じてみる。
結果は問題ではない。

しかし、、かなり楽しめそうだ。

ミュータント・メッセージ

6月 12th, 2005 Posted in ミスティック | 4 comments »

< ?php if ($mobile == 0) {?>< ?php } else { ?>表紙画像
< ?php } ?>マルロ モーガン (著), Marlo Morgan (原著), 小沢 瑞穂 (翻訳)
著者のアメリカ人女性が、オーストラリアのアボリジニとオーストラリア大陸を120日間で横断した記録。
人の営みのもっとも基本を教えてくれる一冊です。生活とか生きるとか人生等において、目的とか目標とか、価値観とか道徳とか、そんなものが一切なく、ただただ人が人であるためにそこにいる。
つまり、いろんなことに追われている現代人をホッと癒してくれる一冊です。

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ロハス x マニアックス なワケ

6月 11th, 2005 Posted in カルチャークリエイティブ, ココロの思考記録 | no comment »

もともとがロハスなワケで、もともとがカルチャラルクリエイティブなワケで、自分が変わったわけでもないんだけど、伝える側にまわったとき、マーケティング的にこの「ロハス」なキーワードが社会に出てきたから使ってみた。
ロハスの意味をなんとなく理解されている人には、自分の表現のステージとか言いたいこととか、趣向性なんかが一言で察知してもらえるかもしれないから。
つまりは、自分で自由な選択枝を見つけて、選んで、消費して、作って、より豊かになろうという行動過程そのものがロハスなわけで、その実践者をカルチャラルクリエイティブということにしたらしい。
もっと言うと、地球環境とか健康とかを持続的(サスティナブル)にWinWinでイケるような選択枝が前提であるらしい。
もっと簡単に言うと、「自分の体と家と地域が将来にわたって健康体になるには!?」であって、この健康体ってのは、いかにハッピーで楽しくて、楽チン&ストレスフリーであるかということ。
持続的・サスティナブルというキーワードも旬だけど、これは、競争や利益追求による、敗者や略奪、採取というネガティブな側面を無くし、自然の変化に追従しながら必要なものを必要なだけという原則にしたがって行動するというWinWinの発想。
そこでその目的じみた「自分たちの体と家と地域がサスティナブルにハッピーで楽しくて、楽チン&ストレスフリー!」というある意味現実逃避的理想を真剣に追求してみようという行動過程を楽しむ行為をなんとなくマインドリゾート的ロハスだったりする。
目の前の生活不安がいかにしょうもないものかに気付いて、理想を実際に行動してみるというライフエンターテイメントである。
そんなことを、共感できる人たちとわかちあいたいわけであります。
さて新宿という大都会で、ジャンキーに食生活を送り、プロジェクトマネジメントなんて仕事をしながら、時々センスオブワンダーを感じ、時々放浪するような中から、「経験」「知識」「出会い」「きっかけ」をレポートして「移行の実際」を記録していきます。

先に行く人を敬い、ついてくる人はWelcome!

さ、はじめましょう、、、 syn.