ロハスな食事感覚

田舎に引っ越してみて、地産の野菜を中心とした菜食ぎみの食生活をおくっている。
料理はもっぱら相方さんにやってもらっている。とても感謝。
ついでにといっちゃぁなんだけど、マクロビオティックや粗食料理の勉強を兼ねて実践しているという感じ。
そろそろ3ヶ月経つ。
何か変わったかというと、、


いろんなブログで書くけどう○こが健康的なものになった。初めて見たような黄色いバナナ状もしくはとぐろを巻いたもの。それが顕著に表れた最初の兆候だった。
肉をかなり減らしていることにより、パワーが無くなった・・・ということはあまり感じない。そして体調が良くなったかと言えば・・・目だって感じてはいない。
ただし体重は5Kg程度減ってきてはいる。肉体労働による発汗性新陳代謝が活発になったことも原因の一つだ。
ただ食事に対する感覚が少し変わった。
そして食事の意味を考えてみるようになった。
これまでの食生活と今のものを比べてみたり、ロハス的に考えてみたりすると食事のパターンは以下のように分けられた。
1:空腹を満たすための食事
2:味覚を満たすための食事
3:体組織を作るための食事
4:気力を補充するための食事
この4つが満たされていることがきっと理想の食事なんだろうけど、実際はどうだろう。
1:空腹を満たすための食事とは、とにかく腹減ったのでなんでもいいから食べたい感覚。コンビニでパンやおにぎりでも可。とにかく早く食べたい感じ。お菓子でもいい。
2:味覚を満たす食事とは、おいしいものを食べたい感覚。毎日の習慣的な食生活においては味覚に刺激的なものを趣向的なものを欲求してしまう本能がある。まずいものは食べられない、食べる必要はないという考えが根本にあり、量と味を追求した食事を選択する。
実際にほとんどがこの2番を満たすための食生活に陥っているのが普通である。
そしてこの味覚を満たそうとする本能は一種の中毒現象でもあり、特定の調味料や砂糖、辛味料、合成うまみ成分、濃い味といった一度おいしいと感じたものを再度欲しくなる。したがって通常はこの経験を汲み取った味つけをしたり、外食をしたりすることになる。空腹と味覚が満たされた瞬間の至福感はとてもキモチいいことだろう。
3:体組織を作るための食事とは、こちらにきてにわかに実践しているということになるだろう。つまり食べ物が体の細胞や組織を作り出すという、あたりまえの理屈を前提として、いい体を作るためのいい材料を選択するという意識である。実際には日本人のDNAから見て菜食+魚介類がベストとされており、しかも日本近郊で採れるものを食することが今住んでいる大地と自分の体との関係性を根深いものにすることで、健康体を創りあげようとする考え方である。
地産地消の考え方にも即している。自分が住む地域の土で育てられた野菜を食べることが重要で、大地と体の一体感はそこから生まれてくるものだと思う。
これを意識するようになると地産の野菜を買ったり、自分の畑で野菜を育てたりすることが日常生活の習慣に必要になってくる。
そしてそのことは季節にも敏感になるということでもある。
自分の畑や地域産野菜は通常、季節ものしか得られない。今育ったものを今食べることのあたりまえさは体組織を作るための材料としては必要不可欠な要因であると思う。したがって季節ごと野菜で季節ごとの料理を食する習慣は、おそらく今はじめてのことかもしれない。
これは田舎に来て初めてできたことだけど、田舎でもスーパーに行けば万年ハウス栽培ものは普通に売っている。それが可能な地域とそれを意識することが新しいロハスな食事感覚だった。
4:気力を補充するための食事とは、3の体組織を作る食事を意識でき始めたくらいから新たに感じ始めた感覚だ。つまるところ食べ物は体組織を作ると同時に自分達の気やも支えていることに気が付きだした。それはその野菜が育っている感情(気)がそのまま体に伝わるということだ。
その食している野菜がどのようなキモチで育っていたのか!?幸せに育ったものか、家畜的に強制的に成長させられたものか、自由奔放にそだっていたものか、窮屈に育っていたものか・・・そんな野菜の生前の感情。それはそれを食す人の感情や気力に少なからず影響するのではないかと感じわけです。
たとえば工場で機械的に精製された食物の感情。
農薬で気分悪く育っていた野菜の感情。(必ずしも気分悪いとは限らないかもしれない)
農家の方に愛されて育っていた感情。遠い外国から缶に詰められ半死のまま長旅させられている感覚。
そんなものが伝わることはないだろうか?
どのような感情のものを多く食するかで、その人の感情の傾向や気力やモチベーションの高さに影響しないものだろうか。最近なんとなくしているような気がする。
つまり食事感覚を意識するときに、この3と4があって、それから空腹や味覚の満足を得ることを考えることが自分の心身にとってポジティブであると思うようになった。
ビタミンの多さや、農薬といった物理的な問題ではない。
タブレットを食べることが本当に意味があるのか、レモン20個分のビタミン含有飲料が何を意味するのか、農薬をふられても愛されて育ったのではないだろうか、そして自分と同じ地方で育ったものだろうか。
いい食材が台所に並ぶ。カゴや箱に並ぶ。
それを見るととても安心する。
美味しいとは料理ではない、調理にあると誰かに教えてもらった。
調理とはただその素材を食べられる食感やあく抜き、硬さの調整をすることだという。味覚が美味しくないと反応することもある。しかしそれは2番が一瞬満たされなかっただけのことだった。しかし往々にして美味しく作ってくれる人に感謝したい。
そして野菜を育ててくれる人にも感謝したい。
味だけを追求してしまうと何かを忘れそうになる。味を2番手3番手に考えてみよう。自分にとって1番は何か?2番は何か?
そこに本当の安心や安全が得られ、その先に幸福もあるのではないだろうか?
もちろん時々お金を出してラーメンやカレーを食べたくなるので食べる。しかしそれも欲しくならないようになるときが来るかもしれない。
菜食主義もマクロビオティックも我慢ではない。単純に肉類を食べたくならない、欲しない境地である。あなたが嫌いなものを食べないのと同じ。だから無感情な食事が欲しくならなくなることがきっとロハスな食事感覚だろうと思う。

This entry was posted on 木曜日, 10月 19th, 2006 at 3:44 PM and is filed under カルチャークリエイティブ, マーケティングセキュリティ. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. You can leave a response, or trackback from your own site.

2 Responses to “ロハスな食事感覚”

  1. イオナちん より:

    はじめまして★
    最近、ロハスの意味を知りましたが、
    そういう生活にはまだまだ遠いです。
    ジャンクフードの刺激的な味に慣れて
    しまうと、あとが怖いかも。。。
    ロハスな食事感覚が身に付けば、
    ダイエットとかへんな食欲とかで苦労
    しないですむかも。勉強になりました。

  2. syn より:

    はじめましてこんにちは。
    そうですねー苦労ではなく、
    自然にキモチいいものを選ぶだけでダイエットになると思います。ただ中毒性のある味付けが多いのでそれをどうやって必要なくなるかですよね。
    ただ僕は粗食メニューのおかげで少し体重減りましたが、最近は粗食の大盛りなのであまり変わりません。
    量もほどほどでないと・・・

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