ゴミ問題からみた自分の生活の環境問題

とあるドキュメンタリー映画を見て思った。
ゴミ問題について語っており、分別や再資源化、もちろん不法投棄やポイ捨てをやめるようなごくあたりまえのことについて触れていた。
とある若者がゴミ焼却場の現場見学をして感想を語った。
「不要となり捨てられるもの、もしそれが自分だったら不要となる自分が悲しい。そうならないように新たな役割を自分に与えて欲しい」


すこしいいこと言うなーと感じた。
ゴミ問題を本質的に知っていけば行くほど、社会のゴミシステムの構造は利権関係に染まっておりゴミ問題を本質的に解決しえないものであることがわかってくる。
分別もリサイクルも無駄であったり、環境にマイナスであるということも大いに存在している。
僕はパーマカルチャーという概念をライフスタイルに取り入れることにおいて、一番大切なことは「循環」だと教えられ、またそれが腑に落ちている。
「循環」とは、つまり「捨てない」ことだ。だから本質的にはゴミがでないことになる。
一度役目を終えたもの、「包装紙」「カップ」「ペットボトル」等々は、新たな役割としてスタートする。それは「素材」だったり「燃料」だったり。
まだまだその理想が充分に達成できているかというと、自信はないけれど、そうしたいと思い、そうであるべきだと意識している。
そのために、なるべく「捨てざるを得なくなる」と容易に想像できるモノを買わないこともそれを達成させる方法のひとつになる。例えば「燃料」にならないペットボトルや弁当容器等。
そういうゴミ問題の本質をついていくと、自分の生活が不便になり、めんどくさいことばかりとなるのだ。だからライフスタイルがそれをめんどくさくなく、不便とならないものに変化させていくこと、今の資本主義社会の枠で構造化されている普通のライフスタイルを変化させて、自分達が住める環境をつくりだすライフスタイルを創りあげることへと繋がっていく。
つまり、「捨てない」「買わない」「再利用可能な手段がある(循環モデルがある)」というライフスタイルであり、住環境創りである。
自分の家でも、ゴミが資源となる環境。
自分の生活の環境問題を考えてみよう。

This entry was posted on 金曜日, 5月 25th, 2007 at 2:51 PM and is filed under カルチャークリエイティブ, 社会風潮. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. You can leave a response, or trackback from your own site.

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