負のエネルギー

時として負のエネルギーは最高のモチベーションを得る。
嫌悪、憎しみといった感情のパワーは理屈を省いて様々な歴史的事実を作り上げてきたし、また個人にとってもその力なくてはなしえなかったことも多い。特に成り上がりの起業家や大儀を成しえる人物にはアンチペアレンツといって両親に対する負のパワーを持つものが多いといわれる。幼い頃に得た仕打ちが負のパワーとなり、おとなになって発散する。
どこにエネルギーの源をもてばいいのか、、


負のエネルギーが悪で、正のエネルギーが善ということがありえるのだろうか。
そもそも正のエネルギーとはどのようなものだろうか。愛?信心?
エコロジーや、農的生活を志す人が今は多い。
そしてそのような人たちで話し合う場やイベントも多くなってきた。
とてもハッピーでラブな理想を求めているのだけれども、実際は今の社会に対する負のパワーが絶大だ。
今の社会をより良くしようという感情ならまだしも、そもそも今の社会の欺瞞制や悪環境下における被害者意識、そして何よりも自分達の指向にそぐわない他者への敵対心。このようなものを痛烈に感じる人も多くなってきている。
そこから生まれるものが悪いとはいえず、反対にそのエネルギーを用いて生み出されるものは絶大なる集客と伝達力をもって華やかに彩られることもある。
ただ憎悪から愛が生まれるのかどうかは、実のところまだ理解していない。
戦争から友情が生まれるようなドラマ的なことを指すのだろうか。
この世の中が悪いので正しくしたいという意識は、何も社会に対する憎悪ではなく、多分傷心的な感情で生まれる場合が多いと思う。今の時代は特にそうだろう。環境問題にしても自分のことのように繊細に感じてしまうひとが増えている。それは憎悪ではなく傷心であり、刹那的な感情でもある場合が多い。
しかしここ最近、エコな衝動が盛り上がりを見せ、活動が活発になり、地球にとってもいい方向に進んでいるんだろうなぁと思わせられることも多くなったぶん、そう、そういう社会欺瞞に対する憎悪な感情に接することも多くなった。
世の中は歴史的に見ても、良くなったり悪くなったりしていないだろう。
土地土地でよくなったり悪くなったり、地球全体ではトントンで動いているように思う。
それを改善する方法は多分わからないだろう。
ただ穏やかに、自分にある正のエネルギーとはなんぞや!?と考えたりしてもいいのではないだろうか?
その前に自分の負のエネルギーに気付くこともきっといいと思う。

This entry was posted on 金曜日, 8月 10th, 2007 at 3:06 PM and is filed under カルチャークリエイティブ, 社会風潮. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. You can leave a response, or trackback from your own site.

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