YinYan Wave

YinYanとは、陰陽のこと。この世の中のシンプルなルール。この2次性についていつも心にあると、「理解」することを「覚える」ようになる。
何かいつも足りないと感じること、その分満ち足りているものを持っている。
何か不幸と感じることがあっても、同じだけ幸せな瞬間を過ごしている。
やりたいことを追いかけると、やりたくないことに追いかけられる。
何かを愛する気持ちがある分、何かを憎んでいたりする。


綺麗だと思う心とともに、醜いと感じることもついてくる。
裕福を体験すると、貧困も体験する。
才能を如何なく発揮できることがあっても、無力な自分もいる。
美しいものを持っていることは、醜いものも持ち合わせている。
孤独だと感じていも、たくさんの友はいる。
強い心ほど、簡単に折れる。
自由があるほど、自由にできないことが、
忙しいほど、その分何かは自由でいられ、
最低の瞬間は、最高のときの前ぶれである。
最低を覚悟できると、最高を得れる。
貧困を覚悟できると、裕福になれる。
不幸を覚悟できると、幸福になる。
落ちた分だけ、上昇できる。
上昇した分だけ、落ちる。
波が高くうねるのがいいのか、
おだやかにうねるのがいいのか、
YinYan Wave.
早くうれるのがいいのか、
ゆっくりうねるのがいいのか、
YinYan Wave.
常に、誰でも、その瞬間の逆を持ち合わせる2元性のルール
理想を追いかけると、反理想もついてくる。
期待が高いと、失望も高い。
何かに飢えた分、何かに満たされる。
やさしい分、残酷なこともできる。
無関心を装える分、愛情も豊かになる。
恐怖におびえる分、守られていたりする。
不安だと感じる分、守られていたりする。
ハイリスク、ハイリターン。
あれが欲しいが、これは持っている。
波はとまらない。
次から次へと沸き起こる。
しかし、この波の高さがこの世の価値と感じられるものの高さと比例しているように思う。
しかし、本当は、この高さとこの世の価値観は反比例するのではないだろうか。
毎日、波をうねらせて生きようとしている。
どちらかの、波を上げては、下がる波をかわそうとしたり、
くる波に飲み込まれないように、新しい波を起こす。
波が小さくなればなるほど、その人は見えにくくなる。
波が穏やかになればなるほど、その人は見えにくくなるだろう。
波がとまり、線になると、その人はもうきっと見えないだろう。
波がとまることへの恐怖があったりする。
波がとまることが退屈だと想像する。
波がとまることの無価値さを想像する。
しかし、本当は、波を止めることが、人の目的なんだろう。
とめることができるかできないかのゲーム。
YinYan Wave.
とまれば、Waveでなく、Lineとなる。
Lineは、もはやYinYanでも無い。
YinYanの反対は、Loveか、Godか、
それが目的だったわけかな。
波は、楽しい、でも辛い。
波は、うれしい、でも悲しい。
波は、厳しい、でもやさしい。
波を起こしているのは、自分自身。
波を起こされることはきっとない。
波を止めるのも自分自身。
誰かが止めてくれることはない。
自分自身と、誰か。
自分自身が大きいと、誰かも大きい。
自分自身が小さいと、誰かも小さく、
そして、自分自身と誰かはひとつのLineになる。
LOVE
結局、
綺麗でも、賢くても、悪くても、殺人犯でも、大司教様でも、
難民でも、大富豪でも、、、、
成功も、失敗も、極めても、サボってても、、、、
おだやかに・・・・
おだやかに・・・・

This entry was posted on 水曜日, 3月 12th, 2008 at 10:19 PM and is filed under カルチャークリエイティブ, ココロの思考記録. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. You can leave a response, or trackback from your own site.

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