自分探し、万民共通のパラダイムシフト

経験的に言うと、自分探しのターニングポイントはふとしたパラダイムシフトにある。
そしてそれはいつも同じ感覚でもある。
パラダイムシフトとは、価値観をシフト、つまり変更できるということ。
自分の殻や思い込みからふと抜けて、違う世界や価値観が見えた瞬間のことを言う。
そしてここでいうパラダイムシフトの感覚とはこういうこである。


それは、追いかける姿勢から受け入れる姿勢への変化である。
自分探しや自己実現とは、自分の理想や考えを実現させるべく試行錯誤や計画行動を伴いながら時間を流すことがほとんどであると思われるが、この追いかけている姿勢からその理想を手に入れる努力は相当なものである。
しかし、理想から追いかけてくる瞬間がある。
それが自己実現への近道のヒントだ。
そのときのパラダイムはそれまでの追いかけている姿勢から、ふと受け入れる姿勢へと変わった瞬間に全てがおこりだす。そしてその実現スピードは予想以上のものである。
受け入れるというのは勇気のいる決断でもあるが、それは自分や自分を取り巻く環境を信頼するということでもある。そしてその信頼は何から得られるかというと、それまで追いかけていた時間に構築した試行錯誤や計画行動でいた「準備」にあった。
実現されるように準備するのではなく、実現された後に慌てないための準備である。つまり受け入れ態勢という意味かもしれない。
このパラダイム、つまり受け入れ態勢を整える試行錯誤と計画行動を考えられるようになると、実現を受け入れようとする思考に変わる。
そしてそれは自分が思い描く理想とは限らなくてもいいというより大きい包容力を伴うこともでもある。
この「準備感覚」と「受容感覚」こそが、それまでの自己実現を追いかける自分からのパラダイムシフトであった。そして理想とは思い描くイメージでもあるけれど、それ以上に心の状態であることに気付く。
欲しいものを手に入れる、欲しい環境を手に入れる、欲しい地位につく、欲しい人と出会う。それぞれを具体的にイメージさせようとする自己実現マニュアルが多数存在するが、それとは別に、それを得た後の心の感覚を想像してみる。それは実はとてもたやすく、そして全て共通していることにある。それは「充実感」であり「幸せ」という単純なものだ。それがあれば実は自分が思い描くイメージでなくてもいいということにはならないだろうか?
お金が有り余る人が全て幸せとは限らない。それは、お金持ちになるという具体的なイメージングを実行したために、お金もちにだけなってしまった。確かにお金は余るほど手に入れたけど、こころの充実と幸せが前と変わっていないという実例である。
「お金があればなんとかなる!?」
そうかもしれないけど、こころの隙間をうめることはお金ではできないかもしれない。もしできたとしても、お金がなくなったらそれは持続可能とはいいがたい。
今この世の中のひとつのキーワードである「持続可能(サスティナブル)」この持続可能な「充実感」や「幸せ」とはどのようなものであるのか。それに掛け合わせて自分のやりたいことをもう一度考えてイメージする。
そしてそれは追いかけることから受け入れるパラダイムを自分の感覚として悟ることができれば、後は待つだけかもしれない。
そう、全て人が共通の目指す理想がある。そしてそれだけが真の目指すところでもある。そこを見落としてはいけない。あなたのやりたいことは、そこに行くまでの手段でしかない。手段を楽しむことはあなたのモチベーションと行動力を維持する唯一のエネルギーである。つまり自分探しをエネルギー獲得だけに使っていることが問題ということになる。
全ての人の共通の理想。それを達成するエネルギーがあなたのやりたいことだ。
あなたのやりたいことの完成形が理想ではない。そして完成形にこだわっていてはエネルギーの出し入れに終始し堂堂巡りが起こる。完成形を受け入れること。完成形は自分を信頼して任せてみる。どんな地位やどんな人やどんな環境でもいいのではないだろうか?そのやりたいことをエネルギーとしてあなたは行動して、そして共通の理想へと進む。
このパラダイムを今ひととき思い巡らしてみてはいかがでしょうか?

This entry was posted on 月曜日, 9月 18th, 2006 at 8:38 PM and is filed under セルフクエスト. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. You can leave a response, or trackback from your own site.

Leave a Reply