簡単な「本当」の見つけ方

それをすること
そう判断すること
「YES」か「NO」か、、どちから「本当」なのだろう。
それを客観的に「本当」のところを見極めるシンプルな方法は、


1:世間体を排除してみる
 他人様から見られて「困る」「恥ずかしい」という殻を取り去る。「誰もみていなければ」という視点から考えなおしてみる。
 例:たばこのポイ捨ては、他人に見られては困るが、誰もみていなければ、やってもいいのか?いけないのか?
その判断に他人様の視点を排除した分、虫や動物や地球といった視点を加える。というか他人様も動物に含めて誰がメリットがあってデメリットがあるのかを冷静に見るのである。
 例:もしポイ捨てタバコを犬が食べるかもしれない。フィルターは地球に帰らない。見た目は美しくないかもしれな。
 でも自分はゴミ箱を探さなくてもいいのでとても楽チンである。
2:常識を疑う
世間体と似ているが、社会常識や習慣、道徳を排除してみる。
それは常識や道徳を間違って理解している可能性も無いで無いから。そして習慣は正しいも間違いも関係無い。ただ昔からそうやってきただけ、今その習慣を止めなければならないかもしれない。
 例:ポイ捨ては社会常識的にも道徳的にもしてはいけない。習慣的には普段はしていない。ポイ捨てが認められる常識があるとしたらそれはなぜ?ゴミ箱を設置しなくてもよくなる。他人の吸殻を後始末する人がいなくて済む? でも吸殻にいれたほうが清掃は効率的ではある。
3:感情を排除する
自分がそうしたいという感情がある。一番の自分の方法を肯定するのが実は自分の感情だったりする。感情を無くすとは、「そうしたくなかったら」を入れてみる。
例:ポイ捨てはしたくない という感情を無くし、「ポイ捨て」してもいいか!?冷静にポイ捨てする自分を想像する。なにが誰が困って、何が誰が困らないか。
つまりポイ捨てすることで、実際はその場の気や自分はどうなるのか?
全ての捕らわれの思考の殻を取り去るとは、こういうことになる。
迷う。ここまで自分の思考を導いてくれていた伝道者を全て無くしてみるととても迷う。しかし、そこで初めて「本当」のことが見えてきだす。
時間はかかるが、例のポイ捨ては結局どっちが「本当」だっただろう。
それは個人の状態と、その環境の状態、そしてその時間によって「本当」はどちらかに傾く。
そう一律ではない。
「本当」は、その場その場の判断が「本当」は必要だった。
選択する自由とは、「本当のこと」をするために必要なスキルだ。
「本当」のことは、時に誰かに迷惑になるかもしれない。
「本当」のことは、時に誰かを敵に回すかもしれない。
「本当」のことは、大多数の人から見ると「本当ではない」かもしれない。
「本当」のことを行うことは「勇気」がいることだった。
「本当」のことを行うことは「孤独」な行為だった。
ただ「本当」のことをやればいい。
「本当」は正しさや間違いの問題でもない。
「本当」だけが、自分を育てる。全てを自由にする。未来を創る。

This entry was posted on 水曜日, 10月 10th, 2007 at 10:24 AM and is filed under セルフクエスト. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. You can skip to the end and leave a response. Pinging is currently not allowed.

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