満足と幸福の違い

満足とはマッチに火を灯すようなもの。
マッチを擦る行動とか努力とかを経て、炎は一瞬大きくきらめき、安定する、そして消える。
マッチを擦らないと、真っ暗になるから、どんどん火を灯す。もう一本もう一本。
自己実現を目指すとか、夢を達成させるとか、欲しいものを得るとか、「満足」を得ることを目的に生きているのかもしれない。しかし、満足の炎は永続的には燃えない。すぐに不満という暗闇に戻ってしまうよう。
人はそれぞれの夢や理想を描き、そこに安心や満足があると知っている。そしてそれが幸福だと信じている。でもそんな満足を何度となく得てみても、それは永続的ではないことに気付きだす。幸福とは永続できないのかという疑いもでてくる。
この時点ではまだ幸福を知らない。


幸福とはどうやら、暗闇をかき分けて見つける線香の灯火のようなもののようだ。この暗闇はいろんなもので覆われていて暗くなっている。それをひとつひとつ退かしていくと、小さい灯火が見つかる。
そしてその灯火は辺りに香りを放っていて、その香りの範囲は暖炉のような暖かさを伴っているようだ。
そう、小さい灯火が見つかり、香りとともに暖かく包まれる。
その幸福感をそこに味わってみて、初めて幸福の本質がわかりかけてきたかもしれない。
人はそれぞれの夢や理想を描き、それを求める。
夢や理想が人それぞれであっても、人々が共通の夢や理想は「幸福」になることだ。
そしてその「幸福」の求め方は、「満足」を求める方法と「相対」的であった。
考えや努力や計画や行動や必要やお金やで得られるものは「満足」。
あれもこれも無くしていき、心にぽっかりと空間を作り、灯火の光と香りが通ってこれるように準備してやる後に「幸福」がやってくる。
この「満足」と「幸福」の違いを見分ける方法は、その「喜び」の感情にあるようだ。
「満足」の喜びの多くは、笑顔になり安堵と達成感に包まれる
「幸福」の喜びの多くは、笑顔に涙がにじみ出て初めて「感謝」の意味を知ったような「ありがたさ」に包まれる。
幸福の灯火で人々のマッチに炎を灯してやるのもいいし、香りと暖かさをわけてやるのもいい。こんな他利意識をも生み出す。
もちろんたくさんの「満足」を得て、その一部、マッチの炎を人々のマッチに移してやろうとする他利意識もある。
これらは永続的かそうでないかの違いであるようだ。
金持ち父さんはラットレースから抜け出たが、そこも実はまだラットレースの外枠の広いレーンに立たされてたようだよ。

This entry was posted on 月曜日, 11月 23rd, 2009 at 4:28 AM and is filed under セルフクエスト. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. You can leave a response, or trackback from your own site.

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