自己改善はできない

自己探求による自己実現に向かう道には自己改善はない。
自分の悪いところを見つけて、直そうとするこの普通の考えでいくと、かなり遠回りになってしまうようだ。
自己探求は、自分の改善箇所を見定めるのではなく、自分観察の果てに、自分のできること、スタイル、癖、環境などを掛け合わせてさらなる可能性を高める行為にある。
自分の悪いと思っているところを、如何に早くそれがオリジナリティであるかに気づくことにある。
自己嫌悪が浮遊している状態ではなかなか自己実現は遠い。
だから結局、自己嫌悪から自己改善を導こうとがんばっても、自己実現をするときには、それらの改善ポイントと思っていた自分のオリジナリティを、そのまま発揮していることに気づくだろう。だから自己改善を図っている時期は、つまりは遠回りの時間だ。


遠回り中が無駄な時間だとは言い切れない。
しかし理性的に考えて、自己のオリジナリティを如何に掛け合わせて将来を作るのか。
自分の嫌いなところを好きになれる、好きにならなくても、そういうものだと認める勇気が実は一番のポイントかもしれない。
それを認める背中を押すのは、より多くの自分の情報にある。
セルフクエストにリスティングするような「能力」や「人間関係」等々を一覧をながめているだけで、そもそも自分の価値観というものが変容する。
なぜ嫌いなのか?何と比べてそちらのほうがよくて、こちらが劣っていると思うのか。
比べる対象がなければ、自己嫌悪は落ち着くのか?
今のままで良いのではないか? 誰かに卑下されるのが怖いのか?
誰かは、誰かとあなたを比べるかもしれないが、あなたは、その誰かと比べる必要はないのではないか?
今、ここで、できることが全てではないか?
改善しなくても、今できるのに気づいていないことをできるようになる自己観察は近道ではないか?
改善とは改善ではなく、単なる変容だ。
単なる変容は、自分を着飾るだけでしかないと思う。

This entry was posted on 金曜日, 12月 4th, 2009 at 10:29 PM and is filed under セルフクエスト. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. You can leave a response, or trackback from your own site.

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