自己実現をしてありがとうと言われるには

自己実現には喜びもあるが、空しさもある。
自己実現を共有できない空しさだ。
達成感は、一際喜びとか感謝とかがこみ上げ、胸が熱くなる。
欲望が満たされた喜びもあれば、ただただ幸福感に包まれる喜びもある。
しかしながらそれを他人と共有することは、難しかったりする。
なぜなら、読んで字のごとく、自己の実現だからだ。
そしてそれが本当に自己で完結したものであったのならば、少しの時間がたつと「空しさ」が舞い込んでくる。
それがなぜかというと、


他人と共感できていないから、つまり他人との関わりの中で達成されていない自己満足であった場合がそういうことになる。
自己満足の落とし穴は相当に深い!空しい!
そうならないためには、他人との関わり、接点をどのように作っておけばいいのだろう。
多分それは「ありがとう」の居場所だと思う。
自己実現を達成して、「ありがとう」と言われることが、空しくない達成の域に入る。
だからといって「他人のために」「他人に奉仕するために」とキレイ事に包まれることはない。正しい自己実現は必ず誰かのためにあるからだと思う。正しい自己実現とは、嘘偽りのない、魂のつつき上げからくる衝動で動いていることだ。損得勘定やメリット、嫉妬や見栄等の欲求を満たすことが目的ではなく、それをやらなければならないと疑いの余地の無いようなこと。
だから、セルフクエストした想いと言葉と行動は、誰かのためにと考えることなく、動けばいい。
しかしながらそれをデリバリーする方法、他人と接触する方法、明渡す方法等があったほうが良いようだ。もちろんそんなものは計画的に用意しなくとも・・・ということもあるが、行動指針を検討する際に、どのようにして発表するのか、見せるのか、売るのか、あげるのかを明確にわかりやすくしておく必要があるようだ。
自己実現は「ありがとう」で完結することを忘れないようにしよう。

This entry was posted on 月曜日, 12月 7th, 2009 at 9:14 PM and is filed under セルフクエスト. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. You can leave a response, or trackback from your own site.

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