自己啓発の地域性

自己啓発セミナーや、自己啓発本が多数出回っている中で、ひとつの発見がある。
それは自己啓発においても、地域性、国民性が反映されるべきだということ。
例えば、アメリカの自己啓発は、アメリカ人のもので、
ユダヤ人の考え方はユダヤ人のものであった。
日本人は日本人の自己啓発があり、微妙だが、チベットのそれとも少し違う。
ただし、宗教が違っても、根本の神は同じものをあがめているという、直感的な真実と同じで、自己啓発の求めている最終地点も共通する部分はあると思う。
ただ、過程が違う、過程に国民性があてはまるのではと思っている。
そして自己啓発や自己実現を体感するのは、その「過程」の中でしかないから、過程が重要だ。


ひとつの傾向としては、自己啓発が、自己実現と符合して、自己単一の成功欲求を満たそうとしている傾向が強いのがアメリカ式であり、そのもっと大きな枠にユダヤ式があり、全体的にグローバリゼーションでの勝ち組を目指す傾向が西洋人にはある。
なので、これと類似した成功を求める人は、それに従っても間違いではないかもしれない。
ただし、その成功が空虚なものとなる可能性があるのは、あなたが日本人である場合だ。
時代や社会がどう変化しても、人間としての日本人のDNAは、日本風習の中で安心できる生活の享受がいわゆる「成功」となるようにプログラムされているようだ。
日本の風習というのは、自然との共生や、全体的な和の尊重、そして実体的ではない、直感的、本能的な意思決定での行動様式。
これらの符合する自己啓発を行うとき、日本人は、それなりに自己実現を幸福なものとするヒントがあるようだ。
狩猟系は、無いものを探しに駈けずりまわり捕獲することで満足する。
農耕系は、自然の営みに任せ、自然を手助け(農)することであるものに満足する。
ただし他国の自己啓発を含めて全体的に俯瞰して観察することで、農耕系の意味もわかってくると思われます。

This entry was posted on 水曜日, 12月 9th, 2009 at 10:11 AM and is filed under セルフクエスト. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. You can leave a response, or trackback from your own site.

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