自分で限界を作ってしまわない方法

固定概念の殻を自分で取り崩すのは難しいのですが、他者から見聞したことを、優劣・成否の判断無しで、素直に聞いて一度その内容を考えてみるという時間を持つ習慣をつけることで、自己の可能性を広げることができます。
それは、「自分が正しいと思っていること」は、自分が決めていることであって、「世の中の正しい」ではないからです。「世の中の正しい」は非常に柔軟で広い世界です。
ぜひ「自分が正しいと思っていること」から「世の中の正しい」の自由で広大な世界へ飛翔してください。


・お金が無い、時間が無い
お金が無いとできない方法や、時間がかかる方法に固執している。方法は幾通りもあり、お金をかけないで時間や労力をかける、時間をかけないでお金をかけるという方法は簡単に見つかるはずです。
これらを見出せない理由はひとえに怠惰心にあることが多いです。
・本気になれない壁
時間もかけない、お金もかけない、でも可能性はあります。しかしここには本気になれないと突破できない「低い」壁があります。一見「高そう」な壁も、実は「低い」のですが、「自分が正しいと思っている」世界では、ちょっと高く見えるかもしれません。でも「世の中の正しい」自由で広大な世界においてはその壁は「低い」のです。
・完全を目指す道
やることの結果を自分で遠のけている。ここまでやらないとそれは中途半端でみっともないを克服するゴール地点は「自分が正しいと思っている」世界では、とても遠くに感じます。それは細かく入り組んだ路地を回り道することが多くなるからです。
より多くの要素を満たせるように、そして他人が見て羨むように、他人から誉めてもらうように、結果を完結するシンプルな感情に加え、何か「自分の正しい」世界では優越感という自己満足が必要になっているようですが、「世の中の正しい」自由で広大な世界では、結果はひとつの通過点に過ぎず、通り過ぎることを目的にするために、細かい要素や、自己満足や優越感は必要ないのです。
したがって、ゴール地点はとても近くにあり、そしてそれはゴールではなく通過点であることがわかります。
今日の通過点は今日通過しよう、ということです。
・満足と幸福
これらは似て非なるものです。「自分の正しい」世界ではどうしても「自分の正しい」世界の中で満足を探し求めてしまいます。これはタバコにニコチン中毒のようです。それが無いとたまらなく欲求不満になるのです。「世の中の正しい」世界での満足は、木の実のようにぶら下がっています。甘くもなく中毒にもならない目立たない木の実です。食べてもいいですが食べなくてもいいようなものです。そしてそれほどおいしくないので食べ過ぎることもありません。
幸福はどちらの世界にもあり、空気のようなものです。常に幸福を呼吸しています。空気がおいしいと味わうことと同じくらい微妙で繊細な感覚が必要です。それは気分的なものでもあり、精神的なものでもあるかもしれませんが、常に呼吸していることのようです。どのように気づくかを観察しなければなりません。
・好きでやっていること以外の行動にある成功
このように「自分の正しい」世界では、どうしても「自分の正しい」=「自分の好きなこと」という基準が見え隠れし、「自分の嫌いなこと・面倒なこと」は、「間違い」ではなく「かかわりたくない」という壁を作ってしまいます。これが「自由で広大な世界」から引きこもる要因になっています。
「好きなことに囲まれる」安心で楽しい世界が実は、「不自由で狭い」ひきこもり部屋になっているというトリックはなかなか気づきません。
「自分の嫌いなこと・面倒なこと」の世界は、実は「世の中の正しい」自由で広大な世界においては、「嫌われ・面倒」なことではなく、「相互依存」のある自己の能力以上の可能性を発揮できるチケットを無料配布しているのです。
これらの概念・パラダイムにおいては、優劣や成否、そして共感できるできないに関わらず、一度ゼロ地点でゆっくり考え観察してみるタイミングがあるだけで、よろしいかと思います。

This entry was posted on 土曜日, 1月 9th, 2010 at 9:47 AM and is filed under セルフクエスト. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. You can leave a response, or trackback from your own site.

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