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onegai simashita

自己実現をしてありがとうと言われるには

12月 7th, 2009 Posted in セルフクエスト | no comment »

自己実現には喜びもあるが、空しさもある。
自己実現を共有できない空しさだ。
達成感は、一際喜びとか感謝とかがこみ上げ、胸が熱くなる。
欲望が満たされた喜びもあれば、ただただ幸福感に包まれる喜びもある。
しかしながらそれを他人と共有することは、難しかったりする。
なぜなら、読んで字のごとく、自己の実現だからだ。
そしてそれが本当に自己で完結したものであったのならば、少しの時間がたつと「空しさ」が舞い込んでくる。
それがなぜかというと、

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自己改善はできない

12月 4th, 2009 Posted in セルフクエスト | no comment »

自己探求による自己実現に向かう道には自己改善はない。
自分の悪いところを見つけて、直そうとするこの普通の考えでいくと、かなり遠回りになってしまうようだ。
自己探求は、自分の改善箇所を見定めるのではなく、自分観察の果てに、自分のできること、スタイル、癖、環境などを掛け合わせてさらなる可能性を高める行為にある。
自分の悪いと思っているところを、如何に早くそれがオリジナリティであるかに気づくことにある。
自己嫌悪が浮遊している状態ではなかなか自己実現は遠い。
だから結局、自己嫌悪から自己改善を導こうとがんばっても、自己実現をするときには、それらの改善ポイントと思っていた自分のオリジナリティを、そのまま発揮していることに気づくだろう。だから自己改善を図っている時期は、つまりは遠回りの時間だ。

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自己探求の超本質的な意味

12月 2nd, 2009 Posted in セルフクエスト | no comment »

夢や理想を実現するために自己探求を行うが、その一番本質的なことは、そこから派生する予期しない展開が自分を高めることになるというところにある。
つまり、
目標を目指して、探求し計画し行動する
  ↓
その「計画」「行動」の過程で「発見」する何か「出会う」何かがある
  ↓
それは「目標」には直接関係無いことが多い。
しかも「目標」には障害になることかもしれない。
  ↓
しかし自己探求から自己実現を達成させる本質的な「価値」「意味」「本質的な(自分では気づいていない)目標」である場合が多い。
その「過程」で派生する様々モノを見極める「観察眼」を鍛えておこう。
それは「訓練」で強化するものではなく、「過程で派生しているコト」という意識を常に感じられるかどうかの「意識的関心」である。
まとめると、
「自己実現に向けていわゆる(欲求)をエネルギーとし、自分で考えた目標を掲げて計画・行動する」
しかし一番大切な部分は、
「その計画・行動で派生する、自分では気づかなかった、予期できなかった「展開」の中に存在する」
それを気づくことができるのか、受け入れることができるのか、
自己実現欲求の次に来る、高度な自己実現は、そんな未知の未来への挑戦にある。

満足と幸福の違い

11月 23rd, 2009 Posted in セルフクエスト | no comment »

満足とはマッチに火を灯すようなもの。
マッチを擦る行動とか努力とかを経て、炎は一瞬大きくきらめき、安定する、そして消える。
マッチを擦らないと、真っ暗になるから、どんどん火を灯す。もう一本もう一本。
自己実現を目指すとか、夢を達成させるとか、欲しいものを得るとか、「満足」を得ることを目的に生きているのかもしれない。しかし、満足の炎は永続的には燃えない。すぐに不満という暗闇に戻ってしまうよう。
人はそれぞれの夢や理想を描き、そこに安心や満足があると知っている。そしてそれが幸福だと信じている。でもそんな満足を何度となく得てみても、それは永続的ではないことに気付きだす。幸福とは永続できないのかという疑いもでてくる。
この時点ではまだ幸福を知らない。

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「正しさ」を主張しない

11月 10th, 2009 Posted in セルフクエスト | no comment »

自己探求は、様々な発見がある。
そして自分が正しいと思う事が確信へと変わっていく。
世の中のルールや、自然科学、仕事の方法論から、人間関係。
はたまた道徳的なことから、技術的な作法まで。
自分が正しいと思ったことが確信に変わると、自信を持ってそれを行動できる。
そして自己実現へと突き進む。
しかし、自分が正しいと確信したことは、所詮、正しいとは限らない。
このことが落とし穴だ。
自分の立場や思想においてそれが正しいことであるとしても、多様性ある広い社会では、全てが正しくもあり、間違いをも包括している。それはそうとして、注意を心にとどめておきたい点がある。
それはその正しさを主張しすぎないということだ。
自分が正しいと言うと、相手は相対的に、「間違い」者となる。
ここに争いが生じる。
環境においても、和平においても、政治にしても、マーケティング活動においても、これが正しいと相手に主張するとそれは争いとなる。説得し納得させようとする攻撃によって、相手が防衛本能を発揮させると、それは戦争になる。
そもそも「正しさ」を主張され自分が「間違い」者であるかもしれないという不安がよぎると本能的に防御にでる。相手の「間違い」探しが始まり反撃、「いや、そうではなくて・・・」と論争が始まる。
この論争が必要な時もあるかもしれない。しかし、無くてよい時もある。お互いが納得できない、折り合わないことは普通に存在する多様性社会なのである。そのことを心に留めておくと、相手の「間違い」ではなく、「多作法」「他様式」の存在を黙認し、「わたしはこう思っているだけです・・」と主張ではなく、思想を述べるに留めることが賢い選択かもしれない。
「負けず嫌い」や「闘争本能」といった感情(もしくは性格)があれば、「主張」が始まりやすく、相手を「説得」させる、もしくは「言い込める」ことで優越感に浸りたい人も多い。それはそれで「わかりあう」ことではなく、単に勝ち負けの世界である。
多様性社会は、「分かり合えない」ことが多い。そして「分かり合えない」は敵同士ではなく、「多様」という「共存」できるはずの社会になっているはずだ。
相手は環境を破壊しているのかもしれない。相手はビジネスに傾向しすぎているかもしれない、相手はルールを違反しているかもしれない。しかし、それは環境破壊しているかもしれないが、他にメリットがあるかもしれないし、ビジネスに傾向しているかもしれないが、それで助かっている人が多いかもしれないし、ルール違反かもしれないが、道徳的にみて正しいかもしれない。
多様性とは、完璧主義では測れない。正負が相対的に共存し、自分の主張も正しくもあり間違いをも含んでいるという事実だけを謙虚に受け止めなくてはならないだろう。
落ち着いて、冷静になれば、そうかもしれない。いやそう思うのですが。

感情を抑制する一歩

10月 29th, 2009 Posted in セルフクエスト | no comment »

感情は暴れ馬のごとし、たずなを引いて自ら調教する必要もありそうだ。
煩悩的な欲望と感情とはまったく同一のものであって、欲望の限り好き勝手に振舞うことがみっともないと思われるように、感情が思うままにそれが自分の考え(=理性)であるかのように錯覚することは、とてもみっともないことでもある。
感情が自分に覆いかぶさってくる、喜びであれ、憂鬱であれ、それはある種自分が自ら望んだ欲求に等しい。感情が発生する要因は確かに外部からの影響によって引き起こされる場合がほとんどだが、それにどのように反応したかは、自分が自ら望んでいることであるということに気づきにくい。
だから、感情は暴れ馬のごとし自分の意思(=理性)に即さずに行動されてしまうので、その抑制方法を考えたり気を使ったりすればいい。
それはそのみっともない自分の内面の様態を、少し律するということである。
しかし、そのことが、いやそのことだけが、自分を幸福にする唯一の方法なのかもしれない。
ではそれを意識する第一歩は何か、

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できない理由の大半は

7月 17th, 2009 Posted in セルフクエスト | no comment »

できない理由の大半は、サボってしまうことだったりします。
その理由を正当化してみても、誰も得をしません。でもやっぱりその時は他にしたいことがあったり、無理やりに時間を作れたかもしれないが、休みたかったし、なにより先延ばしにしても誰にも迷惑ではないし。
これはみんな怠惰心の一種なんですね。だからサボってしまったことはしょうがないのです。
だから本当は自分の能\力や可能\性に関係のない要因で、それができなかったり、機会を逃したりしていることが多いわけです。
そう考えるともったいないわけで、でわもったいなくしない手だては、やる気を維持する段取りのようなことなんですね。
段取りをよくするためには計画が必要ですが、何かを完了させるための業務的な計画ではなく、その時できることを少しやっておくことを心に留めておくといった感覚です。
怠惰て残念な自分がいる人にはとても効果的です。結果物事は予\想以上に進んでいる現実に気がつくでしょう。

マズローの自己実現的人物像

7月 7th, 2009 Posted in セルフクエスト | no comment »

エイブラハムマズローは、優れたパーソナリティーを意味する言葉を定義し、その定義に合いそうな人物データから特徴を観察し定義を修正しなおすということを繰り返しました。
そこから特徴的な目安となる項目がリストとして公開されています。
1.現実をより有効に知覚し、それと快適な関係を保っている
2.自己・他者・自然に対する受容的態度
3.自発的行動
4.物事に対して、自己中心的でなく、問題中心的である
5.孤独、プライバシーを好み、欠乏や不運に対して超然としている
6.文化や環境からの自律性
7.人生の基本的に必要なことを繰り返し新鮮に、無邪気に、畏敬や喜びをもって味わうことができる
8.至高体験をしている
9.人類に対する同一視や同情、愛情を持っている
10.深い対人関係
11.すべての人の平等な価値や権利を認める、民主的性格構造
12.手段と目的の区別
13.ユーモアのセンス
14.創造性
15.文化に組み込まれることに対する抵抗
16.確固とした価値体系
17.対立性の解決、欲望と理性の調和
これらひとつひとつに対して自己との関連性を観察すると、自分の自己実現志向の程度が伺いしれます。また、自分と合ってない項目を、合うように努力することは、自己実現を達成させるひとつの方法かもしれません。それは、合致する項目が増えるごとに、人間関係を含めた周りの状況が変化するからです。
自分が変わることは、実は一瞬でできます。
しかも周りの状況の変化も、そのときから変わっているはずです。
変化のスピードは予想以上に速いものです。

自己嫌悪と自己実現

7月 1st, 2009 Posted in セルフクエスト | no comment »

この自己探求サイトでは、比較的、自己嫌悪を抱えるユーザーが多いようだ。
もともとセルフクエストの自己探求は、自己実現を大きく目的としているのだが、自己嫌悪なユーザーが多いそもそもの理論は、こうだ。

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行動する順番

6月 30th, 2009 Posted in セルフクエスト | no comment »

時間が無いとできないので、時間をつくる。
しかし時間を作りすぎて、余裕を感じてさぼってしまう。
環境が無いと効率が悪いので、設備やら環境を整える。
設備やら環境を整えるのが楽しくそこで一旦満足してしまい、本題に進まない。
段取りよく行おうと計画を立てる。
計画は時々夢を見るように楽しくなる。そして想像の壁にぶち当たり、何もしないうちに行動に移さない。
*
時間は作らないほうがいい。何かと平行して行うほうが、集中力が高まり効率的なようだ。
そう忙しいほうがモチベーションも上がり、勢いも手伝ってやり遂げてしまう。
不可能なことはさておき、環境やら設備は待たないほうがいい。
今、ここでできることで行うほうが、知恵となり自分を高めることになるようだ。
あるもので代用したり、できる範囲である程度まで進めておく。
計画は緻密さを要求しないほうがいい。段取り程度に留めておけばいい。
計画中にダメだと発見したことは行動しないからだ。ならば失敗したほうが経験になっていい。
さらに計画は楽しくそれで満足してしまい、計画倒れになってしまう。
*
そう結局のところ、今、ここで、できることをやるのが、一番よかったようだ。